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個別記事の管理2014-06-10 (Tue)
日本テレビ系列で日曜日の夜に放送されている『ザ!鉄腕!DASH!!』という
番組があります。

その中のコーナーのひとつにDASH村というものがありました。

TOKIOが『日本地図にDASHという文字を載せる』ということを目標に、2000年の
6月放送から始められた企画でした。

古民家を再生したり、農業をしたり…便利な機具に頼らずに、昔ながらの農村を
再現していく…そんな内容でした。

田植えもみんなで手で植えて、畑も鍬で耕して…

そんな『昔ながらの農業』の指導をされていたのが、DASH村の近くに住んでおられた
三瓶明雄さんという方でした。

開始当初70歳。
とても明るくて、温かなお人柄で、ときおりおちゃめなおじいちゃまで…
TOKIOにも視聴者にも愛された方でした。

…2011年3月11日
東日本大震災がおこり、DASH村があった福島県浪江町をも襲いました。
そして福島第一原発の事故…。

避難区域に入ってしまっていた浪江町はDASH村も例外ではなく、
飼育していた家畜たちも、ペットも、お世話になっていた明雄さん達も
みんなそれぞればらばらになってしまいました。

それでもその後、別の形で農業を研修するという企画に一部変更され
TOKIOのメンバーと共に、避難所から明雄さんも出向いて参加されたり
しておりました。

DASH村ファンにとっては、もう、明雄さんは『6人目のTOKIO』だと
言われていました。

私は生まれた時には父方も母方も祖父と呼べる存在は戦争や病死で
一人もいなかったので、自分の理想のおじぃちゃんを明雄さんにみていた
のかもしれません…。
本当に大好きで、DASHが楽しみでした。

ある日、私が住んでいる市内の明雄さんのご親戚と出会うご縁があり、
明雄さんが理想のおじぃちゃんのようで大好きですと伝えたら、ご親戚の
方のご好意で、その親戚の方の家を明雄さんが訪問した時に、私の
話をしてくださり、一枚の色紙を明雄さんからいただいてお譲りくださいました…。

それがこの色紙です…

中央にDASH村のお写真が貼られていて、『夢の田舎(さと)』『DASH村』
『三瓶明雄』と書かれています。



震災から一年、避難生活でお疲れでしょうに、その書かれた文字には
優しさと力強さがみなぎっていました。

ですが先日…2014年6月6日、その三瓶明雄さんが84歳で静かにこの世から
いなくなってしまわれました…(´;ω;`)

ニュースをみて、愕然とし、ひとしきり号泣して布団を這い出し、
玄関に飾ってあった色紙を改めてみて、DASH村はTOKIOだけじゃなく
明雄さんにとっても『夢の田舎(さと)』であったのだと、しみじみ感じました。

亡くなられた病名や、放射能の影響等、私は医者でも学者でもないし
詳しい事はわかりませんのでここでは触れません…。

でも…明雄さん…きっと浪江に帰りたかったよね。
奥様の眠るお墓がある、夢の田舎がある家に…

東日本大震災が起きなければ…福島第一原発の事故が起きなければ…
いまさら言っても仕方がないことですが、ついそんな言葉が浮かんでしまいます。

もしそれがなかったら明雄さんはもっと長生きして、DASH村で今日もTOKIOや
スタッフさん達のお世話を焼きながら、あの温かでチャーミングな笑顔で笑って
いたのではないのかと…。

結果的に浪江には帰れなかったけれど…せめてどうか…明雄さんが天国で
やすらかでありますようにと祈らずにはいられません…

本日10日の正午から告別式のようです…
せめて心からご冥福をお祈りいたしたいと思います…(涙

合掌




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